「フェルマータをどう活かす?!」3.ミラーニューロンとデクレッシェンド効果

で、そのときに、声を伸ばして音を小さくしていくとこんなふうに何かが起きる
っていうのはどういうことかというと、これはやってるほうは実は逆にわかり
にくいんですけれども、その歌ってらっしゃる方の歌を聴いているまわりの人、
聴取者というのは、その人の歌を鏡のようにして自分を観ているんです。
どういうことかと言いますと、わたしがいま歌を歌います。

 ゆうやーけこやけーの 赤とんぼー
 おわれーてみたのーはー いつのーひーかー

歌いました。
さ、わたしはあまり何も考えてません。
ばーっと知ってる歌をただ口ずさんだだけです。
ところがそういう歌を歌ったらバーンって歌のスクリーンができたと思って
もらってもいいし、歌の大きな鏡ができたと思ってもらってもいいですけれど
も、その歌を通じてみなさんの中にある記憶とか、その歌の織りなすメロディー
の優しさ、やわらかさとか、というものから何かをほわ~んと感じるんですね。
で、おまけにこの曲が『赤とんぼ』です。
まあ、日本で生まれ育って生きてると一度や二度はちっちゃい赤とんぼを見た
ことがあると思うんですけれども、そういった情景がポンポンポンって出てく
るわけですね。

で、それはMさんの感じられた情景と、それからAさんの感じられた情景、それ
違うんですよ。ぜんぜん違う。
だけど、日本人として共通するところがある。
人それぞれちょっとづつ違うんだけれども、でも大まかにいって『赤とんぼ』
といったら似つかわしいような情景とかが浮かんでくるわけです。

そういうようなものが、この『歌』という芸術の中には、人間の神経を刺激する
成分を持ってるんですね。

いまちょっとお二人の人に歌っていただいたんですけれども、ではこんどは
『夕焼け小焼けの赤とんぼ』をしっかり、でもいやらしくじゃなくていいすよ。
いやらしくじゃなくていい、っていうのは、あのね歌ってね、これがいちばん
あかへんねん。よっしゃ。ええ歌うたうで。カッコよく歌ってみようかって。
聞かしてあげるからね。って、こうやっちゃうと、とたんにガタガタなります。

だから「夕焼け小焼けの赤とんぼ。おわれてみたのはいつの日か」という歌が
あるとすると、もうほんとに小学校1年生の子供が音楽の授業で歌うかのように
歌っていただいたらいいんですけど、でもしっかりしっかり情景を思い浮かべて
その景色イメージしながら、もういっぺん歌ってみてください。

イメージはしてください。
でも「聞かしたろ!」って思わんでください。
はい、どうぞ。

 Aさん歌う。
 Bさんも歌う。

どうです?
さっきのとくらべて違いありますか?
さっきとほとんど一緒ですか?

 絵がすごく浮かんできます。

浮かんできますか? ああ、なるほどなるほど・・・。
えっと、Nさん、いかがでしょうか。

 雰囲気が出てます。

ねえ。ここなんですけど、「歌って聴かせてやろう!」って我が入ると、曲が
死にます。
ほんとに。

だけど、その場にいるわけなんですよ。自分がもう。
いまここ大北メディカルクリニックの待合室なんですけれども(笑)、一生懸
命、記憶能力を使って紀伊山地、六甲山、それから生駒山、どこでもいいんで
すけど、自分の見たことのある、見えてた、とてもきれいな夕焼けに浸るんで
すね。
で、ただそこに浸って、ああ、いいなあ、、、ちょっと秋の匂いがしてきた、、
ゆうやーけこやけーの 赤とんぼー おわれてみたのーはー いつのーひーかー
ってやってると、勝手に染み込んでくるんですね、ほんとに。
我が入るとそれがぜんぶ潰れちゃうんですけれども。
我が入るとみなさんの鏡になれないんです。
歌い手と、その曲が。

ところが、ただただ一生懸命、自分がその曲をイメージした絵を、自分の記憶と
声を使って絵を描いているような気持ちで音に変えていくだけのことをすると、
けっこういい鏡になっちゃうわけ。
そうすると、みなさんがその歌(の鏡)を見て、自分の心を感じることができる
いうことなんですね。

それがこの『歌』というものの、特にワンフレーズワンフレーズのお尻のところ
の始末の仕方ですごい変わってくるよということなんですね。

で、さっきフェルマータっていうのを教えていただきましたけど、まあ、ひとつ
の部分をぐーっと伸ばす。
で、リタルダンドなんてのはフレーズを伸ばすっていうよりはテンポがちょっと
伸びる、いう感じ。
そういうような音のゆったり感とか、音をちょっとデクレッシェンドいうやつで
すね。大きくしない。小さくしていくと、そうするとなんか知らないけどこうい
うことが起きる。
それはひとつにはミラーニューロンて話もあるんですが、もうひとつあるんですね。

いまわたし、ばーって大きな声で「聞いてよ!」「わかった?」「頼んで!!」
って大きな声で喋ってたとします。聞いてる方はハイハイハイとか言いながら、
わたしがギャアギャアでかい声だしてるから仕方ないから聞こうかってしてます。
「だけどね、みなさん。いいですか! それがね、これがね、ここだけの話なんで
すが、ちょっと聞いといてくれたら得すんで、、、」みたいな話になると思わず
え? 何?ってなるでしょ?
大きな声が小さくなってくる、このデクレッシェンド効果いうのがあって、いま
までしっかり聞こえていたのがちょっと聞こえにくくなってくると、え、何?
って人は耳寄せていく、っていう、意識の集中いうのがここで働きます。

人間の耳ってすごくよくできていて、聞きたいものしか聞きにいきません。
ここの部屋の中ではいまわたしの声はしています。みなさんの呼吸音もしています。
誰かが腕を掻いてたら、その掻いてる音もしています。エアコンの音もしてます。
いろんな音が実はしてるんだけれども、ほんとに聞きたいものにぐん!と寄って
いったら、そこしかあんまり聞かない。

じゃあ、それをもっとよく聞かせたいなあと思ったときに、ひとつの効果的な方法
としては『音を小さくする』ってことなんです。
で、音を小さくするだけじゃなくて、音を伸ばす、っていうのもあるんですね。
で、この両方をやることで「え? 何々?」ってのがくるわけです。

だから、それを効果的にさせるためにフェルマータって表現があるわけですけれど
も、でもそれもね、いまここでお二方に歌を歌ってもらったわけなんですけれども
意識を明確にして伸ばすのと、意識を明確にしないで伸ばすのではぜんぜん違うっ
てことなんですよ。

 はーるのー うらーらーのー すーみーだーがーわー
 のーぼりーくだーりーのー ふーなびーとーがー
 
これいま何も考えないでがサッと歌いました。
でも、春のうららの隅田川。
隅田川ってね、関西のわたしたちにはあんまり馴染みはないんですけれども、でも
まあイメージが湧くわけですね。
春のうららです。春霞で景色がかすんで、ちょっとおぼろげな雰囲気が漂っている
大気の下を隅田川がうつくしく流れている、と。桜もぽっぽっぽっと咲いてきてる。
そういうイメージにしっかり浸りながらこれを歌ってみます。