「いい歌を歌う秘訣、教えます。」5.「歌」に隠されたストーリーを感じる

わたしがよく、この76回やってきたパワーボイスの中で例題にあげますのに
『赤とんぼ』って歌があります。
赤とんぼってこんな歌です。
みなさんよくご存じですよね。

ゆうやーけこやけーの 赤とんぼー
おわれてみたのーはー いつのーひーかー

・・・・・ってあります。
これ夕焼け小焼けの赤とんぼ、ほんとに短いセンテンスですね。
えー、夕焼けがある、小焼けがある、
ま、とにかく夕暮れなんだなってわかりますよね。
ちょっとお日さまが翳ってくる、山の向こうに落ちてゆくのか、海の向こうに
落ちるのか、それはわからないんですけれどもまあ、雰囲気的には山なんですが
こう、日が沈んでいく。
季節は夏から秋にかかるころです。
赤とんぼってアキアカネってやつです。
小さいとんぼがちょろちょろちょろっていっぱい飛ぶ季節があります、日本には。
で、そんときに、「おわれてみたのはいつの日か」ってあるんですね。
これ追いかけっこしてるわけじゃないです。おんぶ。この作者がおんぶをしてるん
じゃなくて、自分がおわれてるほうなんで、作者は赤ちゃん、ていうか小さい男の子。
おんぶしてくれてるのは誰か。
おかあさんじゃないんですねえ。
姉やなんですね。
で、昔は日本でも『奉公』っていいまして、そんなに職業がたくさんあった時代じゃ
ないので女の人で特別なお仕事を持ってない人は大きな家の子供たちの世話をする姉や、
まぁ、お手伝いさん。家事手伝い、みたいな感じですけれども、そういうかたちで家を
出て行ってらっしゃって、そこでそこの坊やを抱っこしてあやしながらうろうろする、
という、そういうような歌なんですね。

で、これ、どうしてわたしがよく使うのかっていうと、わたしの母親はわたしを産んで
10日めから仕事をしてたって言ってましたから、もうあとはそういうお手伝いさんたちが
みてくれてたんですけれども、そのうちのひとりにすごく好きなおばちゃんがいまして、
その人の背中に背負ってもらって近所の市場かなんかに行って、魚屋に積んであった
ちりめんじゃこなんかをぴってつまんで食べたのを子供心にも憶えてます。
で、そのようなことが自分の中でこの歌にオーバーラップしてたりとか、この歌を聞くと
思いだされたりすることがあるもんで、それでこう、この歌ってのが非常に好きで、で
ゆうやーけこやけーの 赤とんぼー、とかっていうふうな歌を歌うわけなんです。

で、その歌を歌うとき、どういう風な感じで歌うのかっていうと、
なんかとっても懐かしい自分の原風景、っていうんですかねえ。
自分の小さな時のそういう体験。
それを感じることができる。
で、それとヒュッ!といまの、みなさんの前で話してるオッサンのこの時代ですね、
人から医者と呼ばれ、先生と呼ばれてるけど、ここまで年をとったオヤジの話として
その昔からの50何年分のギャップを感じたり思ったりしていたら、ふーんって、
さっきから何度も出てきましたけれど人生の話になってきます。

で、人間ってのはやっぱり経験をしないと、その道を歩いてこないと、どれだけ人に
お話ししても伝わらないんですよ。

だから例えばこれから10年先、実はね、わたしね、御殿を立てようと思ってるんです、
と言われても、んー、それいつの話? ・・・7年か8年くらい先かな。どこに?
んー、富士山のてっぺんに。とかね。
言うたってそんなの単なる絵空事でね、聞いてるほうは「あ、はあ・・・」って、
先生もとうとうきはったなあ、くらいにしか思ってもらえないわけですよ。

ところが、やっぱり自分が何年か前にそんな思いでさみしかったとか、ずいぶん昔に
病気をして死にかけたとか、そんな話をしたら、へーって、なんかこんなところで
エラそうなこと言うてにこにこしてる人もそんなしんどいときあったんかな、
とか思われたりする。
そうするとついつい「ふぅーん」ってお話し聞いちゃったり。
歌にしても聞いちゃったりする。

そういう、表現を出すのと受けとるのっていう、エネルギー交換ていうのが
はじまるんですね。
だからそういうひとつの歌を歌う、であるとか、セリフを喋る、っていったときに、
そのバックボーンを、背景を、しっかり自分の中に落とし込んでからその文章を口に
するっていう、それをやっていただくと、伝わり方がぜんぜん違うわけ。

だから最初、Sさんが森進一の『冬のリヴィエラ』を歌うときでも、森進一は上手に
歌ってる、だからぼくも森進一のマネをすればなんかいい感じで歌えるんじゃないか、
ではなくて、もうわたしたちは森進一の歌聞きたかったら森進一のCD買って聞くわけです。
森進一のコンサートに行くわけですよ。
でもいまここにSさんがいてくださって、Sさんが何か歌おうか朗読しようかといったら、
他の誰でもない、Sさんの声を聞きたい、って思うわけなんですね。
ならそんなときに森進一のコピーをしてマネして歌うより、Sさんが自分の感じる気持ちで
歌ってもらったほうが、聞いているほうは素直に聞ける、素直にここにお客さんとSさんの、
みんなとSさんのエネルギー交換ができる場ができるんですね。
それが歌の、芸事の、舞台のおもしろさ、で、不可思議さです。
で、またそれがやれへんといっしょうけんめい力説しても、喋ってても歌っててもぜんぜん
相手に届かないんです。

で、今日は3人の方の歌を通じて、いろいろみんなで歌の背景を感じて、その背景を歌う方
自身がよく理解していただいてから口にだしたとき、おんなじ言葉、おんなじ歌詞でありな
がら、最初に口に出したときとはぜんぜん伝わり方が違う、というのをみなさん今日は体験
されたと思うんですね。
だからまずお歌を歌う、人様の前でお話しをする、っていったときには、そのお話しの裏
には何があるのかなって感じれば感じるほど大きな貯えができて、それが言葉を通じて
相手に伝わるようになるって、そういうお話です。
それをもし意識的にするとしたら、このレジュメに『赤とんぼ』を通じて書いていますので
これを少し参考にしていただいたら今日お話しした内容がさらによくわかるんじゃないかと
思います。
よろしければまた見てご参加ください。
ありがとうございました。