「感動を伝える歌い方」4.音の規則性と不規則性

ここではあえて音を音符にせずに丸を書いていってみます。
これ、どんなふうに見えます?
規則正しく碁盤の目、って感じですよね?
では、この点に当たったところで叩いてみます。
・・・・・・・
なんか規則正しい、きっちりした感じ。
どこから切ってもリズム的にはすごくカチカチカチカチとしててすごく人工的な感じです。あんまり抑揚はないです。
すごく理路整然とした感じ。
で、これが面白いかといったら、ある意味、面白い。
きっちり音が並んでる。
それにくらべて『Moon River』だったら、どうなるのか?
・・・と、こんな感じで、目で見るだけでも動いてる感じ。

それで、この例から何を言おうとしているのかというと、きっちり碁盤の目のようにできた音というのは非常にシンプルです。
すごく、ある意味スマートでわかりやすい。かっちりしてます。
でも、そんなに饒舌じゃないです。
そんなに色っぽくないです。
たとえばイタリアやスペインなどのラテン系の色っぽい音楽にくらべたら、これはほんとにテクノみたいにのっぺりした感じです。
テクノミュージックをやっていた人たちは逆にそういう色っぽさの反対をやることでよけいに色っぽさを感じさせようとしていたという、そういうところもあると思います。

逆に、そうじゃない、こういう饒舌な音楽を絵で見ると、いろいろなところに不規則的な点が並んでるけどなんか面白いなあ、と思うわけです。

(音の)規則性と、不規則性。
逆に言うと規則があるから、そこにちょっとだけズレがあると面白い、というのがあります。
そういうふうに、リズムというのは規則性をちょっと崩すことで面白さをだします。
たとえばアンディ・ウィリアムスがMoon Riverを歌ったらそれこそ絵に描いたようなMoon Riverになるでしょうけれど、セックス・ピストルズなんていうパンク・バンドの人間がM00n Riverを歌ったらどうなるのか。
ブルー・ハーツなんかもそういうようなことをやってたかもしれません。
それも面白くて音楽ではアリなんですよ。
そういう、何かしらゆったりした規則に対する逆のアンチ規則。
ちょっとリズムをずらすことで、ちょっと崩すことで楽しんでやれる。
そのアイロニーの面白さを彼ら自身がめいっぱい楽しんだから、そのアイロニーを楽しんで一緒に聴きたいなと思った若者たちは彼らを指示したんです。
それがどっちつかずでわけのわかんない音楽だったら、誰からも共感を得られなかったし、支持する人たちも生まれなかった。

規則があれば、それに逆らう者もいる。
そこにコントラストが生まれる。
だから音楽は楽しい、面白い、っていう話です。

たっぷり拍をとってム~ン、リーバ~と歌うことに決めました。
そしたらこんどは音の強弱っていうのがあります。
これ、よくいわれます。
どんなふうに強弱ってつけたらいいんだろう?

ここで、キャッチボールをしてみます。
わたしいいまこれをポーンと投げます。
・・・・・・ちゃんと受け取れました。
なんでか?
わたしは長年生きてます。
3つ4ッつの子どもだったら、こうはいかない。
なぜなら経験がないからです。
わたしたち大人は経験によって、これくらいの距離ならこれくらいの力でこう投げたらちょうどよく届く、こう投げたらこう、と、ある程度どこに落ちて来るのか、どういう角度で来たら、どういう軌跡を描くのか知ってるんです。
で、それをたくさん知ってる人ほどセンスがいいっていわれます。
音楽もそれと一緒です。
センスが必要です。