「いい歌を歌う秘訣、教えます。」2.歌が語るもの

わたしも57年生きてきて、その間にはいろんなしんどいこととか、病気したり
とか、辛いこともありました。
そしたら、そやったなあ、、、と思うと、いろいろあったけど一生懸命、いまも
日々一生懸命、毎日の診察しながらここで患者さんをたくさん診させていただき
ながらってやってきたら、ふと気がついたら、
えーっ?! もう57年もきたんかいな! ということになるわけですね。

じゃあ、その時にこの歌をちょっと歌ってみてくださいよ、と言われたら、はい、
と。そしたらさっきみたいなぶっきらぼうな歌にはならないです。
こうしっとりと、「知らず知らず~歩いてきた~」と、こんな感じになります。
それはカッコつけるとかそういうことじゃなくて、ただただこの歌詞を読んだら
自分も感じるところがある。
で、ふと人生だの懐かしさだの、でもなあ、まだここで終わりじゃないもんなあ、
あと10年か20年はがんばりたいよなあ、、、とか、そういう思いが出てきた
ときにその気持ちで歌ってみるとそういうふうになる、っていうことなんですね。

だから今日はこれからみなさんに、1曲ずつ、その場でいいです、軽くでいいです
から簡単に、鼻歌的にでもよかったらお歌を一緒に歌っていただいて、で、後で
もういちど、それだったらどういうのがいいのかなあ? ってみんなで考えながら
こんなふうな気持ちを入れたらどんなふうに変わるだろうか、ってことをやってみ
ましょう。

せっかく歌ってくださるので、ほかの人は歌詞を見ながら、彼の歌ってるのを聞き
ながら、どう感じたかというのを聞いてみたりもします。

はい、ただもう熱唱、力唱しなくていいです。
もう鼻歌程度でいいです。
かるく歌ってみてください。
ハイ、どうぞ。

Aさん、自分の持ってきた曲をかるく歌う。

オッケーです!
そしたらこんどは、いま歌ったところを朗読していただけますか?

Aさん、歌詞を朗読する。

はい。
そしたらこれを棒読みではなくて、少なくとも何かお芝居でセリフになってると、
「アイツによろしく伝えてくれよ」と言ってるんだからこれは誰かと話をしてるん
でしょうね。
そしたらSさんが友達とか、誰かにこの話をしているという想定でちょっとだけ
イメージして朗読をしてください。

Aさん、こんどは抑揚をつけて話すように朗読する。

はい。ありがとうございます。
えーと、もういちどわたしが読ませていただきますね。
もうこれはさくっと読みます。

Dr.松永も歌詞を朗読。

・・・・と、たったの4行しかないわけですね。
だからこの4行からどういう気持ちが浮かび上がるのかなあ、というのをみんなで
ちょっと考えてみましょう。

●冬のリヴィエラ

名残惜しさ
切なさ
愛情
悲しさ
別れ

さあ、どうでしょう、Sさん。
みなさんがこの歌詞を見てくれはって、聞いてくれはって、こういう言葉をだして
くれたんですけど、なんか昭和歌謡のバリバリの王道みたいな言葉が出てきたわけ
じゃないですか。
ご自身はいまどういうことを考えて口ずさまれました?

ほんとは彼女に会いたいんだ、でもそれがなかなか実現できないもどかしさ、
ってのかなと、、、

もどかしさ!
ご本人は「もどかしさ」とおっしゃってます。

で、さっきの朗読の中には、この名残惜しさ、切なさ、愛情、悲しさ、別れ、
もどかしさを感じて喋ってもらましたでしょうか?

いや。森進一さんが歌ってる場面だけを考えて歌ってました。

あ! これがいちばん歌のコピーとしては、、、
コピーだけをするんであれば、それもひとつの方法なんですね。
たとえばサザンオールスターズの歌を、エグザイルの歌を、誰かの歌をやる、って
いったときに、エグザイルだったらそのエグザイルが歌ってるのをイメージして、
コピーするかのようにしてやっちゃうと、これ大概失敗するんですね。

どうしてかっていうと、森進一と、まず背格好が違う。
やっぱり大きな人っていうのは太い、大きな声がでるわけなんですね。
で、細人は華奢だけど高い声が出る。
というふうに声質から違うんですね。
だからいま歌の勉強をしている、っていう人の中に意外と、できあがったCD,音楽
作品を耳でだけ聞いて、でそれで歌の練習をしている人がとても多いです。
でもそれやっちゃうと脳ってすごく賢いけどすごくおバカさんなところがありまして、
聞いたら聞いた音をできるだけ出そうとしちゃうんですね。

そしたら、みなさんがCDとか、いろんな媒体で聞ける曲というのは、その人の生の
歌が入ってるんじゃなくて、そこに電気的にいろんな信号が加えられて効果音が
乗っかってきて、おまけにそれが同じ歌手の声でも2回3回と重ねて録音されていたり、
ほかの伴奏が乗っかってきたりしてずいぶん違う音になってたりします。

その違う音を聞かされてなんとかその音をたった1個の肉体、たった1個の喉だけで
再生しようとするとすごく無理があって、喉にぎゅ!っと変な力がかかって、
出る声も出なくなっちゃうんですね。

だから歌の練習をするときには、それを歌ってる人のを参考にするのはいいんですけど、
でもコピーしちゃうと、まったくおんなじように歌おうとするとたいがい失敗します。

で、そうだとするとやっぱり自分の頭で考え、自分のこころを使って、ハートを使って
歌っていうのは歌わなアカンのですね。

・・・としたときにさあ、この冬のリヴィエラ。
もういちど読ませていただきます。

あいつによろしく伝えてくれよ
いまならホテルで寝ているはずさ
泣いたら窓辺のラジオをつけて
まあ、陽気な歌でも聞かせてやれよ

・・・っていうふうに書いてるわけです。
そこのなかに自分が会いたいのに会えないもどかしさ、これまで会ったこともある、
のに会われへん、っていうのが伝わるから名残惜しさ、切ないなあ・・・やっぱり
大好きやねん。愛情がある。それが会えないからかなしい。だからこれは別れなんだな。
・・・と、こういうことがわかるわけです。
これをご自身の身体、頭、こころを使ってね、
それでもういちどこの歌詞を読んでいただけますでしょうか。

Aさん、気持ちを入れて朗読する。

はい。
だから、さっきよりね、歌が走らないんですね。
どういうことかっていうと、歌の歌詞の朗読ですら走らない。
やっぱり人間って、「おはようございます」と挨拶されて、何言ってんだかわからない
超早口で答えたりはしません。
人に話しかけられて答えるときの生理的なリズムってあるやないですか。
ね、ちょうどいいなっていうリズム。そういうのがある。
で、それをちゃんとお話ししよう、ちゃんと乗っけよう、っていったときにはとうぜん、
今日の雨っぽい感じとか、今日お目にかかった方々との距離感とか、そういうのを
肌で感じて、心で感じて、頭使って(ちょうどいい)言葉がでてくるわけですよね。

でも、そういうのを何も考えずに森進一森進一森進一ってだけやっちゃうと、なんか
とんでもなく変になっちゃうわけです。

で、そうならないためには最初に(ボードに書いた)ここらへんのことを自分の中に
落とし込んで、まず朗読するんです。何度も何度も。

で、ここからですわ。ほんとは。
歌の練習がはじまるのは。
メロディーか、リズムか、ハーモニーか。